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小説・ss:もういや

小説・ss

もういや

いけだ, 2021/04/22 00:47

 ようやく顧客がはけた薬局内を見渡しながら、先生は一息つく。だが、振り返り今度はため息を吐く。待合室は比較的きれいだったが、背後にあった調剤室は嵐が過ぎ去った後のような荒れっぷりだった。机の上にまき散らかされた薬瓶とシートの抜け殻、シンクに積みあがった乳鉢や秤量皿、床に転がった白衣のコモンハイキ。
 二度目のため息。
 足元に転がる虚空を見つめているハイキを端に寄せると、おもむろに洗い物を始める。しゃこしゃこと泡立てたスポンジで乳鉢を洗っていると、カランっと扉につるしたカウベルが音を立てる。
 「はいはい、今行きます。」
 ちらりと時計を見るとまだ閉局時間5分前。営業時間をうたっている上は、仕方ない。あきらめつつも心の中で舌打ちしながら、手をぬぐって待合室に向かう。待合室にはしわしわになった仕立て屋とそれを背負い青い顔したエンドウがいた。
 「おや?一反木綿にエンドウさんとは珍しい組み合わせ。どうしました?」
 「あぁ、いけださん。すんません、一反木綿が頭痛いっていうのと、俺は気持ち悪くって…。」
 とりあえず二人をベンチに座らせて、とりあえずエンドウの方をまじまじと見つめる。
 「ちょっと失礼。」
 エンドウの腹部を軽く押しこむと、うっと小さくうめき声をあげる。それを聞いた先生はふんと鼻をならす。
 「エンドウさん。口の中が苦かったりしません?」
 「えう…苦いです…押されたら余計気持ち悪く…。」
 体調の悪そうなエンドウに満面の笑みを浮かべると、今度は仕立て屋の方を見つめる。が、これはいったいと固まる。目の前にあるのは洗ってほったらかしにしたシーツ以外の何物にも見えなかった。よくよく見ると時々身じろぎしているのでかろうじて仕立て屋だとわかる。
 「で、一反木綿さんは頭が痛いんですって?」
 「そうなんですよ、先生…助けて…。」
 「大袈裟ですよ。そもそも頭どこです?」
 もそもそと動いて布の端がシーツの中心をさし、ここと指し示す。しかし、さっぱり要領を得ない。少しため息を吐くと、先生は仕立て屋を無理やり伸ばし、じっと見つめる。
 どこかに異常があるわけじゃない…でも、いつもより少しゴワゴワしてる…?魔力的には枯渇している様子はない。となると…。
 「じゃあ、調剤してきますんで、少し待っててください。」
 先生は急いで調剤室内に入ると、いくつかの薬瓶から生薬を取り出し、ザクザクと刻み、粉末にし始める。完全に粉末になったそれらを薬包紙に取り分けて一つずつ丁寧に折りこんでいく。すべての粉末を包み終わると、『偃月薬局』の名が入った薬の袋に入れて、調剤印を押す。それと同時に調剤室の棚の上を見上げる。軟膏ツボの奥にしまわれていたあった茶色い瓶を引っ張り出す。中には大量の絹玉が入っており、それらのいくつかを吟味するように見つめる。
 「よし。」
 三つほど取り出すと、小さなチャック付きポリ袋に入れ、同じように薬の袋に放り込む。

 「お待たせしました。」
 二人は待合室で完全にグロッキーになり、時々うめき声をあげていた。先生はその様をもう少し見ていたいと思いつつも、薬をもって二人のそばによる。
 「あう…いけださん…気持ち悪い…。」
 「先生…はよ…はようして…頭が破れる…」
 患者の呻きを聞きつつ、用意した薬を二人に渡す。それを受け取った二人は急いで薬を口に放り込む。それを飲み込むのに苦心しているところで、先ほどまで死んでいた白衣のコモンハイキが紙コップに水を入れて持ってくる。それを奪い取って二人は薬を流し込む。
 「残りは持って帰って飲んでください。エンドウさんは1日3回食前に7日間飲み切りで。一反木綿さんは頭…?が痛くなった時に一つずつ飲んでください。」
 あっさりとした指導を行うと、二人はふらふらと立ち上がって、薬局を後にする。ようやくはけた最後の患者に三度目の一息。
 「あのさぁ…。」
 足元にいるコモンハイキに話しかける。コモンハイキは見上げて続きを待つ。
 「AFの時はもう仕事しなくていいって思ったら、私、AF以前より仕事してない?」
 「わたしはハイキ。」
 ぼやきを聞いたコモンハイキはさっさと待合室の片づけを始めた。
 先生はぼやかず働けってことか。
 少しだけ肩を竦めると薬局のopenの札をcloseに裏返し、カギを締めてゆっくりと調剤室に戻っていく。その背中を追うようにして、薬局の扉がノックされる。
 「もういや。」

小説・ss/もういや.txt · 最終更新: 2021/04/22 00:52 by いけだ