小説・ss

新しくない信仰

いけだ, 2021/04/22 00:36

 作務衣をきた坊主頭の信徒が多く座る畳張りの部屋で少年はどこか居づらそうに身じろぎをする。もう30分以上は正座しているため、とうに足の感覚はなく、立ち上がる時に間違いなく苦心するだろうことは容易に想像がつく。足を崩していいか気まずそうに視線を右に移すと、涼しい顔をして正座のままじっとしている店長と先生に少年はあきらめて、もう一度姿勢を正す。こんなことを数回繰り返していると、ようやく部屋の障子戸が開かれる。
 「いやぁ、お待たせいたしました。」
 入ってきたのは法衣を着た初老の男性であり、作務衣の信徒と対照的に恰幅がよく、肌つやもかなりいいように見える。その坊主は3人の目の前で立ったまま部屋の中央に鎮座している巨大な木造に2度拍手をし、2度頭を下げ、再び一度拍手をして、3人に向き直る。
 「いやはや、冒険者の御三方には助かりました。わが寺院の境内に発現した仏教の敵、コトナリには手を焼いておりまして、本当にお礼の言葉もありません。」
 「いえいえ、これが仕事ですので。」
 「では、報酬を受け取らせていただきます。」
 にこやかな作り笑顔を浮かべる店長と先生は努めて和やかに話を進め、報酬という言葉に坊主がピクリと反応する。
 「まぁまぁ、そんなに急がなくてもよいではありませんか、せめてもの気持ちとしてお食事も用意させていただいておりますし。」
 「いえ、まずは契約を完了させましょう。お互いの経済活動の円滑化のために。」
 一切表情には表れていないが、先生はいつもよりも強めの口調で言い放つ。それを受けた坊主は心の中で舌打ちをしながら、両手をぱんぱんと叩く。すると、再び障子戸が開かれ、AF前の銀行の名前が入った封筒を持った作務衣の男性が、まるで黒子のように入ってきて坊主に手渡す。それをぶっきらぼうに受けとり、中をちらっと見ると、坊主は3人にそれをわざとらしいほど恭しく渡す。
 「では、報酬です。お互いの経済活動のために。」
 受け取り次第店長は中を改め、契約時の報酬がきちんと入っていることを確認すると、二人にアイコンタクトを送る。
 「確かに。では、我々はこれで。」
 「あぁ、お待ちください。お食事を用意してあるのは本当なのです。是非食べていってください。」
 立ち上がろうとした3人を押しとどめ、再び座らせる。勢いで足を崩せたのは少年個人としては助かったところだった。
 「もう間もなくお持ちできると思いますので、それまでわが寺院についてお話させてください。」
 坊主は徐に虚空を見上げるのをみて、先生が盛大にため息をついて、目をそっと瞑る。それを清聴する姿勢と受け取ったのか、話を始める。
 「まず、我々は主神、ブッタ神を信仰しておりまして、その教えのもとに日々修行をする宗教法人となります。」
あまりにも突拍子もないことを言い出したため、少年は小さくオウム返ししてしまう。
 「ブッタ神。」
 「シーッ」
 しかし、口から出された単語は店長により封殺され、幸い坊主には届かなかったらしい。静かに聞くように促す姿に気をよくしたのか、坊主はさらに話を続ける。
 「そして、日々質素倹約を至上とし、不殺生の誓いを立て、お勤めに励むことを良しとしております。」
 どこか酔いしれるように語る坊主のわきを縫って、3人分の御膳が運び込まれ、それぞれの前に置かれる。その午前の上にはアルミ製のプレートがおかれ、いくつかのビタミン剤、栄養ドリンク、ブドウ糖のタブレットにぐずぐずになるまでゆでられた鶏肉が雑然と並べられていた。
 「鳥は殺していいのか?」
 「シーッ」
 今度は先生から洩れる言葉に再び店長が声をかぶせてごまかす。今度は店長の声も聞こえなかったのか、酔いしれるまま3人に背を向けて木像を仰ぐ。
 「ご覧ください。このご本尊を。AFにより破損をしたものの、私が修復し、ここに安置したものです。」
 その木像は間違いなく体は千手観音そのものだったが、首から上は地蔵のそれだった。もはや原型をとどめないそれにもはや三人は言葉を出すこともなく、目の前に置かれた食事を黙々と口に運ぶ。正直、食べられたものではないが、食べなければ帰してもらえなそうということで、仕方なくだったが。
 「さらに、みなさんご存じの通り、12月25日にブッタ神が地上に舞い降り、預言をもたらしました。それは“あまねくすべての人は平等であり、目上の人は敬い、労働は美徳である。それを守るものは天の国が迎えに来る”というものでした。これにより、我々は一日18時間労働し、特に12月25日には雇用感謝の日として、24時間お勤めに精を出すことにしているのです。」
 3人はその言葉を完全に無視し、最後のビタミン剤を口に放り込み、水で最後流し込む。
 「わが寺院の方針に共感していただいたメガホンポ様より多額の資金援助を戴き、メガホンポ様で心を病まれた従業員の方の修行も行わせていただいております。」
 ようやくすべてを平らげた3人はいまだに何かを話し続ける坊主と、その言葉に賛同し、うつろな目のままキンロウニカンシャ!キンロウニカンシャ!と叫ぶ信徒たち放っておいて、さっさと寺院を後にした。
 寺院のスピーカーから流れる祝詞を背に受けながら、○○荘に向かう三人。ふと、思い出したかのように店長はつぶやく。  「アレ、仏教じゃないね。」
 「「シーッ!」」