ほしくず堂さん(http://hosikuzudo.com/)の物語と魔法具の世界に、文章という形でお邪魔した二次創作ストーリーです。
星くずの魔法使いに出会ったことがある人には、あるかもしれない世界のおはなしを。
まだ出会っていない人には、せかいのそとへの旅立ちを。
※この物語は「星くずの魔法使い」の物語の中でも、特にSHOTの影響が色濃く出ていると思われます。
「SHOT」もしくはほしくず堂さんの絵本に触れておくことで物語が成立する部分が多いですが、あらかじめご了承ください。
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題:名無し星と星くずの魔法使い / 作者:かざき
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これは、数あるほしくずの魔法の中の、ほんの小さな1つのお話。
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『ここ、どこだろ?』
一切の色も音もない空間に彼女はいた。
それがいつからなのか、どうやって辿り着いたのか、思い出そうとしても辿るべき記憶の糸が見当たらない。
『何してるんだっけ?』
この何もない空間で彼女は自分が前に進んでいるのかその場に留まっているのか、宙を浮いているのか地の底に向かって落ちているのか、それすらも分からなかった。だが、不思議と不安や恐怖は抱かなかった。
『……まぁ、いいか』
思考を手放し、空間に身を委ねる。すぅっと、宵闇に溶けるように。
と、突然
「ナァァァァン!」
聴覚が止まっていた空気を震わす何かの声を感じ、
視覚がニタリ顔の黄色い何かを捉え、
その瞬間、溶けかけた彼女の輪郭が宵闇の空間に呼び戻される。
身体が重力を感じ、天と地を捉える。足の裏には大地の感触が伝わった。
その場に立ち上がった彼女はぐるりと辺りを見回す。宵闇の色は彼女を包み込むように全方位に広がり、その果てを見つけることはできなかった。
次に足下を見ると、フェルトで出来た黄色いキツネの人形が笑みを浮かべたままこちらを見上げている。
「師匠―、どうしたんですか?」
遠くから聞こえる声を探すと、こちらに向かって駆けてくる少年の姿が見えた。
「師匠、これはどういうことでしょうか?」
キツネ人形の元にたどり着いた少年は師と呼ぶ者以外の存在を目にして一瞬驚いた顔をすると、足下のキツネ人形に小声で尋ねた。その問いにキツネ人形は「きゃう」とひと鳴きするのみで、視線は彼女に向けられたままだった。
「あの、あなたは一体……えっと、何故こんなところに?」
少年は言葉を選びながら彼女に問い掛けた。しかし彼女はその答えを持ち合わせていなく、ただ首を傾げるしかなかった。
一方キツネ人形はそんな2人のやり取りには構わず、宵闇の空間に現れた人物をフェルトの手でペタペタと触ったり頭の上までよじ登ったり独特な手法で様子を窺っていた。そして少年の問いに返事がない様子を見ると納得したようにぽんと手を叩くと、どこからともなく棒付きアメのような杖を取り出し
「もんも?」
と目の前の人物に向けて差し出した。
杖の先端についた球体の中では、小さな光の粒がくるくると回っている。
「師匠、それは人間は食べれません。それに、この人はおなかが空いているというわけではないと思います」
笑みを浮かべたまま杖を近づけるキツネ人形の肩を掴み、少年はそう言いながら体ごと彼女から引き剥がした。キツネ人形はつまらなそうな顔をして弟子のほうをちらりと見る。
それから改めて彼女の顔を覗き込む。
しばしの沈黙。
そして
「そぉなぁぁん!」
と謎の叫びをあげた。
「そーなん……って、彼女、ここで遭難したってことですか?」
「そ。迷子。な」
キツネ人形曰く、ここは世界と世界の狭間であり、彼女はどうやらこの狭間という場所で遭難したらしい。
そうであるなら、行く当ても帰る当ても、自分の立ち位置どころか中身さえ見失った壮大な遭難である。彼女は2人に出会う前の状況を、記憶に残っている範囲であるがままに伝えた。
「まずいですね。このままここを漂っていたら消えてしまうかもしれませんよ」
この狭間という場所には形を保てなくなったものが流れ着くらしい。そういった壊れかけのものたちが溶けて混ざり、何もない空間を広げていく。
そんな場所だからこそ迂闊に足を踏み入れれば自身と空間の境界も飲み込まれ、壊れかけのものたちと同様に空間に溶けて消えてしまうそうだ。
そう説明され、彼女は先程まで自分が置かれていた状況に納得がいった。溶ける寸前だったのか、と。
「いいもの、アゲルー」
少年がこの場の話をする間大人しくしていたキツネ人形は、そう言うや否や棒付きアメの杖を振り出した。その動きに合わせて球体の中の光の粒がせわしなく動き出す。
そしてポンという音とともに、手のひらに収まるくらいの大きさのパスケースが飛び出した。
「自分、失くさないため。な」
今度は白いカードを取り出し、杖の先端でトンと叩く。そうして微かに光を帯びたカードをケースの中に収めた。
「自分を忘れなければ、帰れるー。いつでも、どこでも」
「自分を手放さなければ帰るべき場所を見失わないということですか?」
説明にしては拙い師匠の言葉を少年が補う。
「確かに他の誰かの記憶から消えてしまった事象でも、僕が僕を手放さなければ存在することになるのかもしれません。帰る場所はそこにあるということでしょうか」
思うことがあってか少年が独白のようにそう呟くと、キツネ人形は満足そうに「はなまる!」と飛び跳ねた。そして、白いカードを収めたケースを彼女の首にかけた。
「それ、魔法具です。あなたの助けになると思います」
小さなパスケースからは暖かさとか力強さとか、そういった類の何かが伝わってきた。先程までに比べ、ぼんやりしていた自身の存在がはっきりしてきたように感じる。
そんな力がある物を貰ってしまって良いのだろうかと彼女が疑問に思うと
「師匠が渡したってことは、あなたに必要なものなんだと思います」
と、少年はその不安を見透かしたかのようにそう言った。
「もひとつ、オマケ」
キツネ人形はカードをもう1枚取り出した。今度は真っ白ではなくバナナの絵が描かれている。
「そうなんおやつ、だいじ。なー」
満面の笑みでカードケースにバナナのカードをねじ込む様子を、少年は後ろで苦笑いをしながら見守っていた。
一仕事終えたキツネ人形は満足そうに彼女を見上げると、挨拶もそこそこに興味が他のものに移った子供のように先へと駆け出した。弟子の少年も慌てて後を追う。
「お帰り、気を付けて。今度は迷子にならないでくださいね」
少年の言葉に、笑顔で頷く。
今度は大丈夫。そんな気がした。
不思議な2人組が去った後、宵闇の空間は再び色と音を失った。
が、それもつかの間。
何もなかった空間に小さな光の粒がひとつ、ふたつ煌めくと、それは瞬く間に数を増やしていった。
道の先や頭上に色とりどりの光の粒が降り注ぐ。
ほしくず。
その様子を見た彼女の中に、その言葉が真っ先に浮かんだ。
それは行く先を示す標のようであり、
天からの祝福のようでもあり、
あるいは
『……イタズラ?』
とどまるところを知らずに降り注ぐ光の粒に埋もれていく彼女は、キツネ人形のニタリ顔を思い出した。
◆◆◆
「あるじー、お客さんだよ」
とある小さな工房にて。
ペンギンの姿をしたAI人形がその羽を器用に使い、うたた寝をしている工房の主を起こす。
ペンギンの「あるじー」という呼び声がボリュームを増しながら何度か繰り返された後、がらくたの様な材料の山からまだ眠たそうに眼をこすりながら銀色の髪の少女が姿を現した。
なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。
そんなことを思いながら客が待つカウンターに向かう。
「レルタ、お昼寝タイムだったか?」
常連の客がからかうように挨拶代わりの言葉を投げかける。当の工房主はそれを気にする様子もなく「お昼寝、大事」と呟いた。
「しっかし、寝てる時も身に着けてるんだな、それ」
客が指差した物。それはレルタが肌身離さず首から下げている年季の入ったパスケースだった。
「えへへ、いいでしょ」
「いや、いいっていうか……そもそも、それは何なのさ?」
そこに注目してもらったことに機嫌を良くしたレルタはにこりと微笑む。先程までの眠気は吹き飛び、待ってましたとばかりに口を開いた。
「これはね、ま……」
「迷子札っ。あるじーはすぐ迷子になるからな」
絶妙なタイミングでペンギンが口を挟む。
「もう、迷子じゃないもん。時々迷子になるけど、ちゃんと帰ってくるもん」
「ときどきぃ?」
レルタと相棒のペンギンの相変わらずのやり取りが、今日も工房の外まで漏れ聞こえる。
そんなのどかな日常。
これは、とある小さな世界の片隅にある小さな工房の主である名無し星の少女レルタ=ガン・アニムがほしくずの魔法と出会ったお話。
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https://kakuyomu.jp/works/1177354054889593246/episodes/1177354054889593509